即身仏という文化をご存じでしょうか。

死んだ人間の遺体が信仰されているのは何だか不思議な気持ちになりますが、その文化の背景を知ると「ただなんとなく怖いもの」という認識が変わってきます。

 

この記事では即身仏の定義や作り方、現代の日本ではなぜ即身仏になれないのかについてくわしく解説していきます。

日本のどこに行けば拝観できるのかもご紹介します。

 

また日本における密教の開祖、空海についても解説します。

宗教的な面から人々が「死」についてどう考えたのか理解する手助けになりますよ。

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即身仏とは

 

まずは即身仏とは何かみていきます。

 

即身仏は日本版ミイラ

即身仏とは修行の果てにミイラになった体を指します。

ただ単に死後の体をミイラ化したエジプトなどとは異なり、生前に徳を積んだひとでなければ即身仏になる資格はありません。

 

即身仏の考え自体は平安時代からあったとされていますが、現代に残されている即身仏は全て江戸時代以降のものばかりです。

即身仏になるためにはかなり厳しい苦行を耐えなくてはならず、日本ではわずか17体(18体という説もあり)しか現存していません。

 

そのほとんどが東北地方、特に山形県に集中して残されています。

 

どうして即身仏になるの?即身仏になる意味

何のために即身仏となるのか、その目的や思想は様々です。

主に仏教思想に基づいて即身仏となることを志すものですが、一口に仏教と呼んでも様々な宗派があるため、それぞれに即身仏の持つ意味合いが違います。

 

悟りを開くため

仏教では、多くの宗派で修行を通して悟りを開くことを目的としています。

つまり即身仏となるのは苦行のひとつというわけです。

自分が悟りの境地に至るために即身仏になることを目指します。

 

救済のため

主に真言宗の僧が即身仏を志すときの目的になります。

自分の死後も人々を救済するために修行を経て即身仏となることを目指します。

 

自らが仏になるため

苦しい修行を通じて、自分自身がブッダや薬師如来になるため即身仏を目指します。

 

極楽浄土に向かうため

宗派によっては信仰によって極楽往生を果たせると説く教えがあります。

念仏を唱えながら往生することで、極楽浄土に向かおうとするのが即身仏になる目的となっています。

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即身仏の作り方のポイントは4つの修行

 

即身仏になるためにはまず「徳が高い人」という前提条件をクリアしなければいけません。

また即身仏になるための修行は厳しく、たとえ「死後は即身仏にしてほしい」と遺言を残しても厳しい修行に耐えられず、即身仏になれないことのほうが多いのです。

 

具体的にはどのような修行が必要になるのか解説していきます。

 

山籠もり

即身仏になるためには、まずは1000日単位で山籠もりを行います。

ただ単純に山に篭もるのではなく、修行中は定められた日数が過ぎるまでは何があっても下山しません。

 

さらに火を使わない、酒は飲まない、衣服は1枚だけで過ごすと様々な制限があります。

冬の山に篭もるだけでも大変ですので、この時点でかなり辛い苦行といえます。

 

しかもただ山に篭もるのではなく、厳しい修行が待っています。

極寒の日に入水したり、手の上にろうそくを直接立てて火を灯す手提灯など、これでもかというほどに肉体と精神を磨き上げます。

 

木食修行

山籠もりが済んだら読経や瞑想をしながら食事制限を行います。

主に木の実や木の皮など、命を繋ぐための最低限の食べ物を口にするのです。

 

なぜいきなり絶食しないのかというと、ミイラの大敵となる人体の腐敗しやすい部位を極力減らすためです。

人体の脂肪・皮下脂肪・筋肉は死んだ後は何もしないと腐っていきます。

 

腐ってしまうとミイラ化しません。

そうなると即身仏は失敗に終わってしまいます。

いきなり何も食べなくなるのではなく、まずは五穀を絶ち、次に十穀や山菜を絶ちます。

 

どれくらいの期限で行うのかというと、「腐らないようになるくらい」です。

山形県のお寺に安置されている即身仏・真如海上人は実に70年間をこの木食修行に費やしたと言われています。

 

 

土中入定

木食修行によって極限まで脂肪や筋肉を減らしたら、今度は生きたまま地中に作られた石室に入ります。

いわゆる生き埋め状態ですが、竹筒を通し呼吸はできるようにしておきます。

 

そして鈴を鳴らしながら生きている限り読経します。

鈴が鳴らなくなったら死んだということですので、1度掘り起こして完全に亡くなったことを確認します。

 

その後再び地中に埋め、11000日経って掘り起こすと、特に何か手を施さなくても遺体は乾燥し、ミイラ化しているというわけです。

言葉で説明すると簡単そうに思えますが、暗闇の中わずかな酸素だけで過ごしそのまま死を迎えるというのは凄まじい精神力が要求される行為です。

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漆を飲む

エジプトのミイラを作る際には、まず内臓を抜き取ってから様々な防腐作業が施されます。

 

エジプトのような乾燥した気候下でのミイラ造りでも、人体を腐らせないようにするためには様々な苦労があるのです。

 

エジプトに比べはるかに湿度が高い日本では、内臓をそのまま残した遺体をミイラ化させるのはかなり難しいです。

 

そのため即身仏を目指す修行僧の中には、修行の途中で自ら漆を飲むものもいました。

漆は口にすると体にとって毒になります。

 

しかし防腐効果があるため、即身仏の成功の確率を上げることができるのです。

 

即身仏が多く確認される山形県では、土にヒ素が含まれており、修行の際に口にする木の皮や木の実を通じて修行僧に蓄積され、腐敗しにくくなったのではないかと考えられています。

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即身仏は山形が最多の六体!拝観も可能

 

数は少ないですが、即身仏は日本国内に今でも現存しています。

拝観も可能となっていますので、どこにどんな即身仏が安置されているのか解説します。

 

山形県内にある即身仏をお祀りする寺院

日本で最も即身仏を多く安置しているのが山形県の庄内地方、とりわけ湯殿山系の寺院です。

即身仏は命を賭けて仏となり人々の救済を願った尊い高僧であるため、信仰の対象として寺院に安置されています。

 

どのお寺にどんな即身仏が安置されているのかは次の通りです。

 

南岳寺「鉄竜海上人」

特に厳しい修行を経て即身仏になったと伝わっています。

 

本明寺「本明海上人」(ほんみょうかいしょうにん

庄内地方に現存する即身仏の中では最も損壊の少ないものとして知られています。

 

湯殿山総本寺 大日坊瀧水寺「真如海上人」

徳川将軍家の祈願所として知られ、とりわけ春日局が熱心に崇拝したことで知られています。

 

湯殿山 注連寺「鉄門海上人」

空海を開祖とする古刹です。

 

海向寺「海上人、円明海上人」

2体の即身仏が安置されています。

縁日にあたる8月1~3日は即身仏の夜間拝観が可能です。

 

その他の即身仏を安置するお寺

山形県以外にも、即身仏は安置されています。

 

・總持寺(神奈川県) 無際大師

・観音寺(新潟県) 全海上人

・真珠院(新潟県) 秀快上人

 

・西生寺(新潟県) 弘智法印

・阿弥陀寺(京都府) 弾誓上人

・貫秀寺(福島県) 宥貞法印

 

・妙法寺(茨城県) 舜義上人

・瑞光院(長野県) 心宗行順法師

・横蔵寺(岐阜県) 妙心法師

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高野山で空海は即身仏になった?今も生きているって本当?

 

密教と関係の深い即身仏ですが、密教を日本に伝えた空海とも関係があります。

いったいどのような縁があるのか解説します。

 

空海とはどんな人物?

空海は平安時代初期に活躍した僧で、「弘法大師」の名称で親しまれています。

中国に留学し、日本に帰国すると真言密教の宗派の1つ「真言宗」の開祖として布教に尽力しました。

 

密教の奥義であるマンダラや護摩行を日本にもたらしたのも空海です。

空海の唱えた真言宗とは、真言陀羅尼を唱えることで大日如来と一体化し悟りを開くというものです。

 

空海は生きている?伝説の真相とは

968年に記された「金剛峯寺建立修行縁起」によると、日本で初めて即身仏になったのは空海とする記述が見られます。

ただし空海が生きていたのはこの書物が記されるよりも130年以上前のことです。

 

伝説によると835年3月21日、空海は入定することを弟子たちに告げます。

つまり遂に長年、空海が唱えてきた真言宗の教えである「生きながらにして仏になる」即身成仏に入ることを告げたのです。

 

それ以降、高野山真言宗では空海は亡くなったのではなく高野山の霊廟に籠もって修行しているとみなしています。

また空海は生前厚く弥勒菩薩を信仰しており、最終的には弥勒菩薩に姿を変えたともいわれています。

 

現在でも奥の院で瞑想している空海のために、1日2回食事が届けられています。

1200年間も変わらず続けられているしきたりなんです。

そのため空海が修行を行っている奥の院では写真撮影の禁止はもちろん、私語も一切禁止となっています。

 

即身成仏と即身仏の違いとは

即身成仏とは空海が最初に唱えた修行の1つで、生きたまま悟りを開き仏となることを指します。

一方の即身仏は、死後に仏となります。

 

即身成仏と即身仏はどちらも密教から生まれた思想であり混同しやすいですが、全く違うものです。

即身成仏は生きたまま、すなわち肉体は物理世界に残されたままに大日如来と一体化します。

しかし即身仏は生きたまま体をミイラ化させますが最終的には死に、肉体のみが仏として人々の信仰の対象となるのです。

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世界のミイラと日本の即身仏の違いはコレ

 

世界のミイラと日本の即身仏の違いは次の通りです。

 

目的が違う

世界各地にミイラは見られますが、まず日本の即身仏と世界のミイラで異なるのは、「目的」です。

日本の即身仏は死後の自分の魂の成仏や極楽往生、他者の救済など「死に方」に目的が存在します。

 

一方で世界のミイラは肉体を一時的に保管することが主な目的です。

使者が死後復活するためには、本来の肉体に魂が宿ると考えられています。

そのため復活の日に備え、埋葬された体を腐らないように保つ必要があるのです。

 

 

ミイラ化するための条件が違う

日本の即身仏は誰でもなれるというわけではありません。

高い徳を持つ人、すなわち高僧のみが至れる存在とされています。

 

一方で世界のミイラは高貴な人や裕福な人、すなわち自分自身や親族にミイラ化の処理を施す財力や権力がある人によって加工されます。

そのため日本の即身仏のように本人の素質はあまり関係しません。

 

防腐処理の方法が違う

世界のミイラは、死後の死体から内臓を抜いたり薬品を用いることで防腐処理を施します。

 

しかし日本の即身仏は食事をコントロールして、死後の防腐処理を行わないような方向性で調整します。

また世界のミイラが他人任せの防腐処理であることに対し、日本の即身仏は自らの意思で水分を絶ち腐敗しにくくなるように自らの肉体を造りかえていきます。

 

その分失敗例も多くなるのです。

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成功例の少ない即身仏が失敗する原因

 

即身仏を目指しながら成功し、現代まで残され人々の信仰を集めている成功例はごく稀です。

その影には無数の即身仏になろうとして失敗した人々がいます。

その原因については以下の通りです。

 

腐敗しやすい

即身仏が失敗する大きな原因が「腐敗」です。

 

人間の体を構成するものは何もかもが生命活動を停止した瞬間から腐敗していきます。

人間の内臓にもともと住み着いている最近や微生物が原因となることもあります。

 

腐敗を防止するために、即身仏を目指す僧侶の中には水から毒となる漆を飲んだ人もいるんだとか。

漆を飲むことで体は腐りにくくなり、嘔吐を繰り返すために水分が抜けミイラ化しやすくなるんだとか。

 

栄養失調

即身仏になるための大地段階である苦行では、食事制限が行われます。

腐敗の原因である脂肪や筋肉を衰えさせるのが目的ですが、加減を間違えると栄養失調になり死んでしまいます。

 

栄養失調で死ぬということは衰弱死であり、乾燥も足りませんのでミイラにはなれません。

また苦行は肉体と精神を限界状態へ追い込むので低体温症や病気によって死んでしまい、即身仏にはなれないことも多かったのです。

 

掘り起こしてもらえなかった

即身仏になるためには、当然ですが死後乾燥させた後に掘り起こしてもらわなければいけません。

 

しかし1000日、つまり3年とちょっとという歳月を経て存在が忘れ去られてしまい掘り起こされずそのままになってしまう僧侶もいたのです。

人目に触れなければ即身仏として信仰を集めることはできませんし、土中の微生物によって分解されてしまい土に還ることとなります。

 

死んでしまってからの処理については他力本願になりますので、1000日たっても遺言通りに動いてくれる弟子や親しい間柄の人間がいるかどうかは本人の人徳によるところが多いのです。

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現代では即身仏になること・作ることは罰せられる

 

現代において私たちが目にする即身仏のほとんどは江戸時代以降に作られた物で、最近作られた即身仏にお目にかかることはできません。

なぜ即身仏を作ることはできないのでしょうか。

 

それは法律的な問題があるからです。

現代の法律では、遺体の土葬は禁じられています。

また即身仏の作り方を見て頂くと分かるように、自殺に他なりません。

 

明治時代に切り替わった際、明治天皇により「即身仏は自殺」とみなすお達しが出ました。

自殺に手を貸すことを自殺幇助といいますが、自殺幇助は刑事罰を問われてしまうのです。

 

そのため現代では即身仏になることや作るために志願者の手助けを行うことは法律に抵触するためできなくなったといえます。

 

それに死体に防腐処理を施したりなんらかの手を加えて祀ると死体損壊罪に問われるおそれがあります。

 

また明治期には同時期に墳墓発掘禁止令がでたため、即身仏になるため埋められた人を掘り起こすこともできなくなりました。

もしかしたら即身仏を志しながら今なお地中に埋まっている遺体があるのかも知れません。

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即身仏をネタにしたポプテピピックって何?

 

即身仏は崇高な意志を持って自ら仏になろうと修行の果てに行き着く先なのですが、実はアニメのネタにもされてしまっています。

それがポプテピピックです。

一体どんなアニメなのか解説します。

 

 

そもそもポプテピピックとは

ポプテピピックとは日本の4コマ漫画で、作者は大川ぶくぶです。

4コマ漫画を原作に2018年1月~3月の期間にTVアニメ化されました。

 

原作もシュールな作風で知られていましたが、放映開始前から「原作のブラックユーモアやパロディ、風刺をどこまで再現できるのか」という意味で注目を集めていました。

 

実際に放映が始まると、ニコニコ動画再生数が史上最速で100万回再生を果たすなど注目を集めます。

その結果、競馬場とのコラボなど様々な社会現象を巻き起こしました。

 

また人気声優がアドリブをきかせる回がSNSで反響を呼び、「ルール無用のカオスな展開」もあって中毒性のあるアニメとして支持を集めました。

 

ポプテピピックと即身仏の関係

ポプテピピックのTVアニメ第4話で、女子高生が「最近の流行」について語る回があります。

 

楽しそうに女子高生が話題にするのは「即身仏」です。

しかし即身仏は死んでいなければなれないものなので、生きている女子高生が「最近即身仏になるのが流行」と言うことには大きな矛盾があるのです。

 

それを話を聞いていた通りすがりの男が指摘するのですが、女子高生には笑われてしまう、という内容です。

まさしくシュールな話となっています。

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